A/N=Prose

おおむね言いたいだけ。

【168】小説「竜殺しのブリュンヒルド」感想:復讐は人間だけの嗜み

竜殺しの家系に生まれたものの、運命の悪戯で竜に育てられた少女。
彼女は竜を愛し、竜もまた彼女を愛した。
しかし竜は彼女の実父に殺されてしまう。
復讐の炎に焼かれたまま、彼女は人間の世界へと戻る事となったが…。

ああ、うん、良く出来た物語です。
けれど、要所の説得力が無さすぎるので大賞だの金賞だのは取れない佳作どまりの作品ですね。
どこをどうかと語るとネタバレになるので、ネタバレが嫌な人は閉じましょう。

まず、ブリュンヒルドがさらわれた理由が分からない。
竜の居る島に襲撃を掛けてきた船があり、船員は軒並み竜の攻撃で亡き者になり、一人生き残ったブリュンヒルドが竜の血を浴びた事で生き永らえ…。
という冒頭なのですけれど、なんで島を襲う賊か何かが3才の女の子を誘拐して船に乗せたまま竜を襲いに向かうのか。
例えばこれが物語中で「竜殺しの家系を持つ者が乗っていれば竜に勝てると思ったんだろう」とでも言わせておけば納得できたものを。
そうではないので誘拐された女の子が賊の船に乗っていた意味が分からない。

何より、父であるシギベルト自身がブリュンヒルドに対して「お前を覚えてない。どころが娘が居た事も知らん」てどういう事なのか分からなさ過ぎて怖い。
その血筋に連なる者が竜殺しの能力を継承できるのなら家なり国家なりで厳格に管理されるものではないんですかね。
途絶えたら竜殺しによる恩恵が受けられなくなるんですから。
でも竜殺しの家系だと分かる様に手には紋章が。
管理してんだかしてないんだか支離滅裂すぎませんか。

舞台装置を舞台装置として見せないのが物語としての肉付け作業であって、そこを蔑ろにされては冷めてしまうんですよ。
設定を物語に落とし込めていない作品を見て「ああ、物語の都合上の設定なのだな」と思う事ほど萎える事はありません。

竜殺しの力にしてもそう。
竜殺しの力は、それを得る代わりに代償を払う事になる。
それを知ってなおブリュンヒルドにも与えるべきだと一瞬でも考えたザックス大佐こわい。
親友の言語野を冒し、それ以上の不具合が出る事を知って考えるのが「シギベルトがゆっくり話すのをからかうのはやめよう」程度っておかしいでしょう。
ある意味で呪われた血です。
国家繁栄のために蝕まれる家系である事を知っても、そこに絶望したり変えようなぞとも思いもしない。
はたから見て、ただのアホ…。
これもまた、ただの雑な舞台装置でしかないからです。

そして極め付けは最後の戦いの場面。
白竜が何者であるか思い至らないアホ。
百歩譲って何者か分からなかったとしても、変身したかされたかした人間である事は分かるはずだし、そもそこに至るまでに人間を襲っていた竜は指示を受けてやっているんだと分かっていたのでは。
そういう事をやった、出来るんだと話を聞いていたのでは。
え、聞いてなかったの?
しかも、今まで出会った竜は竜殺しになりたての自分があっさり屠ってきたのに、歴戦のシギベルトが苦戦している様に見えた事を不審に思わなかったのは何故。
「親玉だ! シギベルトがピンチだから陰からやっちゃうぜ!」て。
いやいやいやいや。
下手に手を出して馬を混乱させるとまずいとか、殺さないように無力化しようとか、操っている人物を探そうとかもしないの何故なの。
物語を展開させるために登場人物みんなアホにするのはどうかと思いますよ。

愛が引き裂いた的な煽り文句ですけれど、アホが引き裂いただけでしたねー。

…と、辛辣に書いてはみましたけれど、別に徹頭徹尾ツッコミどころだらけの駄作というわけではないです。
最初に書いたように佳作程度だとは思いますよ。
きっと著者の方は嘘をつくのが上手ではないのです。
無いものを在ると見せかけ、無いものを在ると見せかける手練手管を持ってこそ、物語の創造者足り得るのですから。
処女作のようですので、もっとこなれていけば良作を織り成していけるとは思いますけれど。

ただ、どのみち愛がどうとかでは無く、自分が揶揄した言ったアホどうこうでもなく、この物語は人間の物語です。
人間と竜の愛がどうとかでは無く。
描いているのは人間の持つどうしようもなさ、救われなさ、宿業、罪業のようなもの。
何しろ彼女は人間だから復讐に心を燃やし、人間だからどれだけの被害が出ても為すべき事を為そうとした。
その姿は父シギベルトと瓜二つ。
竜の被害なぞお構い無しに竜を狩る父が、人の被害なぞお構い無しに竜殺しを狩る娘と対峙しただけ。
始まる前から終わっていた竜と娘の出会い。
始まる前から終わっていた娘と父の出会い。
愛とか憎しみとかではなく、ただただ親と子の物語。
いやさ、血という呪われた遺伝に囚われて終わった哀れ極まりない男と女のオペラでありましたとさ。
めでたしめでたし。