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A/N=Prose

おおむね言いたいだけ。

【061】漫画「魔法使いの嫁」5巻/感想:これぞファンタジーの凡作

異形の魔法使いエリアスに、弟子として、嫁として買われた少女チセ。
交流を続けるうち、からっぽだったそれぞれの心にいつしか、いとしい何かが築き上がっていく。
人外と少女が織り成す幻想譚。

漫画ランキングで上位になり、アニメ化プロジェクトも始動している人気シリーズ。

が。

なんとも平坦な作品。
物語としても、漫画としても、構成や画力も、実に平坦。
例えば、少女漫画誌に掲載されて、それなりにファンはつくものの数巻でふんわり終わって、そのまま埋没していく程度の作品。
それが世間では大人気なんですから、首をかしげるばかりです。

幻想譚として、画力が伴っていません。
線がズレてるとか、比重がおかしいということではないんです。
絵柄は整っているし、漫画としては良く描けています。
でも、幻想的な雰囲気の出し方が下手。
絵が固まりすぎなんです。
おぼろさ、はかなさ、そこしれなさ、おそろしさ、そういったものを表現するのに向いていない絵柄です。

妖精スプリガンは、その最たるひとつ。
あれを妖精と言われても、ゆるキャラの間違いじゃないのかと。

更に、今巻で出てきた古き神。
仮面を着けた息の荒い半身半馬と、それに乗った妊婦。
エリアスの説明から、とても恐ろしい存在なんでしょう。
でも、まったく恐ろしさがない。
恐ろしかろうという造作をしているだけ。
作者の作為が透けて見える程度の陳腐さ。

幻想譚はこうだよね、という「形」が好きな人には受ける作品であっても、真から幻想譚に浸りたい人には響かない。
決して、まったく見所が無い、とは言いません。
幻想譚の入門編として見たら、まぁ、悪くはないです。

これで漫画力が高ければ、その筋の傑作になれたかもしれないのに、残念ですね。
幻想譚としても、物語だけをとっても、感じ入るものはなく、あるいはそれらが拙くても乗り越えられるほどの荒削りな力も無く、小さくまとまった佳作。
あまり期待せず、こんなもんかな、程度でいい作品を読みたいなら、どうぞ。
幻想譚っぽい雰囲気を作ろうと努力していることは分かると思いますよ。
いっそ現代舞台のラブコメディにでもした方が向いていたかも知れませんけれど。

あ、同作者の別シリーズは、漫画として更に等級が下なので、ご注意を。

魔法使いの嫁 5 (BLADE COMICS)

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亜人ちゃんは語りたい(1) (ヤンマガKCスペシャル)

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【060】漫画「木根さんの1人でキネマ」1巻/感想:映画愛の無い映画好きの漫画

30代、独身OL、隠れ映画好き。
外面よく仕事の飲み会を回避して、今夜も1人で映画三昧。

映画好きであることを周囲に隠して生きているために、感想を語る相手が居ない。
ブログやSNSに吐き出すものの、「分かってない」人たちに「分かってない」返しをされては爆発。
これは、映画のみならずマニアックな趣味全般のあるあるネタではある。

…が。
木根さんの性格、言動が、こじらせ、ひねくれているので読んでいて気持ちのいい場面が無い。

面倒な語りをする木根さん。
そんな木根さんを面倒だと言う相手。
相手に面倒だと言われて怒り出す面倒な木根さん。

毎回毎話そんな作りで、面白いよりも、面倒な人だなぁ、という感想の方が大きくなってしまう。
過去のあれこれでひねくれたという理由は語られるけれど、だからと言って好感度が上がるわけでもなく。

題名にも偽りあり。

1人じゃないです。
映画についても、中身についてうんちくを垂れる場面も多くないです。
早い段階から相方ができて、一喜一憂。
別に映画でなくても成立してしまう話作りなので、映画好きが読んで楽しめる作品ではないですね。
映画うんぬんより、面倒な木根さんの生き様を笑えるかどうか。

こじらせ系オタク女子が七転八倒する漫画。
そこを楽しめれば勝ちです。

自分は負けました。
負けでいいです。
主人公が、映画好きな自分が好きなだけで、映画愛が無いんです。
ネガティブなあるあるネタを繰り返されても、うんざりです。
残念ながら、映画好きとしては楽しめませんでした。
まだ続くようですけれど、2巻以降の購入はありません。

オタクを主人公にした面白い漫画は増えているんですけれどねー。
そっち読んで楽しみますか!

木根さんの1人でキネマ 1 (ジェッツコミックス)

木根さんの1人でキネマ 1 (ジェッツコミックス)

トクサツガガガ 1 (ビッグコミックス)

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だがしかし 1 (少年サンデーコミックス)

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【059】漫画「銃座のウルナ」1巻/感想:女性狙撃兵の架空戦記、と見せかけた…

覇権国家レズモアによって、蛮族ヅードの居留地として定められていた小さな島リズル。
前線を志願していた狙撃手ウルナは、ヅードとの紛争が生じた、その風雪の地へと送られる。
そこで彼女が目にしたものは。

一面雪。
延々雪。
そして荒れた海。
わずかな海路が確保されているものの、絶海の孤島。
相手取るは、捕らえた兵士の斬首、頭皮剥ぎ、臓物の引きずり出しまで行う蛮族。
襲撃の理由も、その残虐さの目的も明かされず、ウルナたちは吐きそうになりながらも対応するだけ。

どういう物語になるのか、まだはっきりとは分かりません。
でも、続きが気になる作りなのは確かです。
どう進むのか、あるいは、どう転ぶのか。
煽り文句に「SF巨篇」と銘打つからには、それなりに長く続けるつもりなんでしょうかね。
そして、その煽り文句の書かれた帯というかカバーというか、表紙も挑戦的な作り。
持つには鬱陶しいので、読むときは取り外しておきましたけれど、出版社の力の入れ具合が分かります。

SF。
ええ、間違いなくSFですとも。
容赦の無い描写も含めて、そこも期待したいところですね。

SFとは、歯槽膿漏フィクションの略なんですから。

【058】雑記:自称ミニマリストを断捨離しよう

断捨離が流行しました。
今は、ミニマリズムをかかげるミニマリストが流行しています。

呼び方が変わっただけで、おおむね同じ考え方ですね。

「物を持ちすぎる生き方は息苦しいので、自分が持てる物だけ持つようにしたら楽よ」

根本は、こうなんですけれど、履き違えている人が多く、間違えてしまったり、周囲から馬鹿にされる事も多いのが現状。

まず、「なんでもかんでも捨てよう」って事ではありません。
ガラーンとした部屋にすれば正解というわけでもありません。
一年に一度しか使わなくても、確実に使うのであれば持っていればいいんです。
あることで安心するのなら持っていればいいんです。

例えば、おせち用の重箱。
毎年おせちを用意するのなら要ります。
用意しないのなら要りません。
用意するけれど重箱でなくても構わない、他の物で代用できるなら要りません。
用意しないけれど用意する時のために持っていると安心するなら要ります。

それがあることで安心できるか、それがなくても楽ができるか。

それは、他人がどうこう言うことではありません。
他人の断捨離を参考にする、ミニマリストのやり方を真似する、それは構わないのです。
ただ、最終的に決めるのは自分でなくてはなりません。
参考にしたけど失敗した、真似したらうまくいかなかった、だから断捨離やミニマリズムは駄目なんだ、となるのは間違っています。
失敗しても自分の最適を見つけるのがそれらなんですから。

断捨離は、ミニマリズムは、安心と邪魔の均衡を見出すこと。
そして、それは自分自身にしか出来ないこと。
自分の領域を正しく確保することなのです。
まかり間違っても周囲にとやかく言ったり、言われたり、自分以外の人の持ち物を黙ってやることではありません。

トイレットペーパーの買い置きは幾つあると安心できますか。
買い置きがなくてもいいならそうすればいいし、1つあれば十分ならそれで。
つまりは、人それぞれです。
邪魔にならない、安心できる量は人それぞれなんです。
読み返さない本があってもいいじゃないですか。
本棚にその本があると自覚することで安心するなら、幸福が得られるなら、読まれない本にだって価値はあるのです。

断捨離も、ミニマリズムも、根本は同じ。
自分にとって価値のある物は持ち、そうでない物は手離す。
その結果、モデルルームのようにスッキリした部屋になる人も居れば、雑然とした部屋になる人も居ます。
雑然としていようと、本当に自分が価値あると感じて置いているなら、それはその人にとってのミニマリズム、最小の持ち物なんですよ。
何が必要で、どれだけで十分か、自分に合った生活を模索してみましょう。

たくさんの積み本、積みゲームに溢れていたっていいんです。
いいんです!
いいん、です…、へ、へへ…。

必要十分生活~少ないモノで気分爽快に生きるコツ~

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【057】小説「新約 とある魔術の禁書目録」12巻/感想:はてしない物語を読むつらさ

不思議な現象をかき消す右手を持つ以外は、平凡な男子高校生・上条当麻
世界の敵から世界を守りつつ世界の敵を世界から守る、そんな荒技をやってのけておいて平凡も何もなかろうけれど、ともあれ平凡な日常を取り戻した冬の日のこと。
巨大複合商業施設に出向いた上条当麻は、そこで新たな脅威と遭遇する。
居合わせたのは魔導図書館、魔神、アイテム、そして、学園都市の第六位…?

上条さんの日常から始まり、上条さんが手を貸す味方側の新キャラが出てきて、そのキャラが狙っていたり、そのキャラを狙ったりする敵側の新キャラが出てきて、二転三転して殴り倒す。
いつものシナリオ、いつものパターン。

見せ方や主題は毎回違うし、盛り上がるのは盛り上がるし、単体で評価するなら面白いのだけれど、シリーズとして見た場合、あまりにも長すぎる。
構造が、週刊連載の人気漫画のそれと同じ。
毎回毎巻盛り上がるけれど、ひとつの物語としての物語性を失ってしまっている。

また、それで毎回つまらないなら、さっさと見限ればいいものを、毎巻しっかり面白いのだから、つい読んでしまう。
小さな物語としては上手く作られているんですよね。
でも、さすがに旧シリーズから数えて40巻近くになっても同じことの繰り返しのような物語は、辛い部分が大きくなってきました。
自分は、ここらで一旦、追いかけるのを休止します。
また、いつか、大きな動きがあってから再開しても遅くはないでしょうから。

物語は、上手く閉じてこそ完成するのであって、無尽蔵に広げていくだけでは物語と言えないのです。
いつか、終わりが見えそうになったら呼んで下さい。

あ、漫画「とある科学の超電磁砲」は真っ当に面白いので、そちらは追いかけます。
目ん玉シイタケさん可愛いですし。

え、一方通行…、ああ、そんな人も居ましたかね。


【056】漫画「ダンジョン飯」1巻/感想:迷宮が舞台のクッキング・シットコム

迷宮の奥深くで、油断から仲間の一人がドラゴンに食べられてしまった冒険者一行。
食べられた仲間は完全に消化される前なら復活の可能性もあるため、地上に出た一行は再度、迷宮深部を目指そうとするが、手持ちの食料は何一つなく。
かと言って金策などをしている暇も無いため、迷宮内の材料で自給自足しながら進んで行く事を決める。
それは、つまり、迷宮を闊歩する醜い魔物や怪しげな植物を…。
「ヤダーッ!」
仲間のエルフ娘の絶叫がこだましようとも、一行(の一部)は今日も今日とてダンジョン飯に情熱を燃やす!

世界観は、ダンジョン探索型のファンタジー・ロールプレイングゲームのよう。
戦士や魔法使いが迷宮に赴き、ドラゴンやゴブリンと死闘を繰り広げるようなアレ。
とは言っても、この作品は、さして泥臭いような、ダークな部分はほぼ無く、登場人物はほぼ常に清潔な見た目だし、条件付きながらも死んでも生き返るようで、あまり鬱々としたものではありません。
死んだら終わり、薄暗い迷宮の中で、薄汚れた冒険者たちが、痩せ細った大鼠にむしゃぶりつく、とか、そういうダークなファンタジーとしての期待は禁物です。
良くも悪くも和製ライトファンタジーを土台に、作者の解釈が加味されて作られたコメディタッチの料理漫画ですね。

雰囲気としては、アメリカのシットコムシチュエーション・コメディが近いと思います。
野外ロケはほぼ無く、ドールハウスのように真ん中からぶった切られて開かれた部屋の中で、住人たちが毎回てんやわんや。
ジョークの場面では観客の笑い声が入るという、ああいう感じ。
それをファンタジーな世界の迷宮で、主題を料理にして、闇のクリスタルでもやもやぼーんと合成すると出来上がると、こうなるんですね。

面白さとしては、読む側がファンタジーの知識や、迷宮物語のお約束などをどれほど知悉しているかに依存します。
多少なりと知識があったら、クスクス、ニヤリ、と思わず笑いがこぼれること請け合い。
無いと、架空の生物を使った料理をただ見せられて、フーン、だけで終わるんではないでしょうか。
あくまでファンタジーを下地としたコメディの面白さであって、ドラマとしての盛り上がりがあるわけでは無いので。

個人的には、とても面白かったので続刊も当然買っていこうとは思いましたけれど、一点だけ瑕疵が。
ドワーフがシーフの忠告も聞かずに罠を作動させまくる場面。
最後は良い感じにまとめた風になっていましたけれど、罠のプロの話を無視するような行動に、もやもやした気分を覚えてしまいました。
コメディとは言え、ダンジョン物としての土台を崩しているように思えて…。

ま、それを置いてもシットコムの良作ですので、興味があるなら是非。

綺麗なエルフ娘の悲鳴は好きですか。
ジョーイおじさんは、きっと好きな事でしょう。

【055】小説「灰と王国」2巻/感想:乖離と断絶、あるいは時代の潮流

ディアティウス大陸の北に位置する港町ナナイス。
本国から程遠く、寒さ厳しいながらも穏やかに過ぎていた日常は、度重なる闇の獣の襲撃によって終わりを告げた。
粉屋の息子フィニアスと、その家族、知人たちは、苦難の旅を余儀なくされてしまう。
しかし、必然か偶然か、一人の少女との出逢いがフィニアスたちの運命を変えていく。
幻想と郷愁、闇と希望の交錯するハイ・ファンタジー小説、第二巻。

主人公最強系小説。

…と言うと、十全に語弊があるけれど、広義で言うと、あながち間違いでも無いという。
とは言っても、主人公フィニアスが何もかもを上手くやれるわけでも、状況を一変させる程でも無い。
あくまでも、ただの人間として足掻く青年の物語。

…と思いきや、状況はあちらこちら飛ぶ事に。

皇帝や炎竜侯、大領主の孫息子など、フィニアスの預かり知らぬ話があちこちに差し挟まれるようになってくる。
流れからして、いずれはフィニアスに関わってくる人々なのだろうけれど、これはいけない。

1巻は、フィニアスの話でした。
フィニアスの視座を主として語られ、そうでない時も、あくまでもフィニアスの関係者や、歩いた道の後の話だけしか無く、徹頭徹尾フィニアスの物語。
それが2巻では、そういう視座を無視して、一気に話が拡がってしまった。
これが例えば、炎竜侯の話に飛ぶとしても、その前段階でフィニアスが炎竜侯の話を見聞きするなりして、さて炎竜侯とは如何なる人か、なぞと考える描写があり、そこから炎竜侯の話をすれば、また違ったであろうに、そうではない。

唐突に炎竜侯だの皇帝だのがフィニアスと関わりない流れで出てきても、作劇の都合としか思えません。
勿論、ただフィニアスの物語では無く、王国そのものを描くのなら、その限りでは無いのだけれど、それをやるには1巻がフィニアスの物語でありすぎました。
1巻を読み、フィニアスの視座を得ている身としては、皇帝たちの話には違和感が付いて回ってしまうという。

その分、フィニアス周りの話に戻ると、レーナやネリスたちとのやり取りに思わず表情が綻びやすくなりますけれどね。

そうは言っても、まだ苦難の道程は半ばですし、一部の登場人物に至っては更に大変な目に。
何ですかね、フィニアスのそばから離れると不幸になる呪いでもあるんでしょうか。
別に、フィニアスのそばに居る人が不幸になれとは言いませんけれど、どうも、フィニアスの立場から見て手の届かない人や街、言ってしまえば「仕方ない」で済ませられてしまう位置で不幸が起こり過ぎなような。
そういう時代、と言ってしまえば、そうなんでしょうけれど。

さて、しかして、そんな暗い時代ながらも、一筋の光明が見えてきたか、あるいは光明そのものに成り往くのか。
そして、皇帝や小セナト、炎竜侯たちはフィニアスの物語を織り成す糸と成れるのか、以下続刊。

灰と王国2 竜と竜侯

灰と王国2 竜と竜侯

灰と王国2 竜と竜侯

灰と王国2 竜と竜侯

【054】小説「死神を食べた少女」/感想:シュバルツランツェンレイターを率いる少女の物語

碌な食べ物も与えられず、誰からも顧みられる事なく生き、常に飢えていた少女。
しかし、王国軍に偽装した革命軍による虐殺の手が村に及んだ時、彼女の運命は一変する。
食べ物の恨みを革命軍へとぶつけるため、王国軍の兵士となったシェラは、やがて恐るべき死神として、敵味方から畏怖の対象となっていくのだが…。

大別するなら、いわゆる主人公最強系ですね。
題名通り、死神を食べた事によって尋常では無い強さを手に入れます。
いえ、あるいは、そういった幻視をしただけで、元々から持っていた力なのかも知れませんけれど、どちらにせよ、その力に対する説明はありません。
強いから強い。
そこに細かい理由を求めてはいけません。

ただ、この作品が、粗製濫造の感がある主人公最強系作品の中で一線を画するのは、いかな主人公が強かろうと、時代の流れそのものに敗北していく事です。
主人公シェラの属する王国軍は斜陽の時を迎えており、圧政に苦しむ民衆は革命軍支持に傾き、地方統治者たちの多くも革命軍へ肩入れ。
結果、いかなシェラの部隊が局地的勝利を納めても、戦況を覆す程では無く、シェラを取り巻く状況も徐々に悪化していく事になります。

自分は、物語にとって最も重要なのは、均衡が取れているかどうか、だと考えています。
主人公最強系作品でも、ただただ主人公が強く、何があろうと無敵で、全ての問題を苦もなく解決して、めでたしめでたし。
なんてのは均衡が取れているとは思えません。
勿論、そういった、何のつまずきも無い英雄譚が好きという人も居るでしょうけれど。
真っ当に、落ちて上がるか、上げて落ちるか、あるいはそこから更に上がる物語、いわゆる起伏がある方が面白いんですよ。

溜め、と言い換えてもいいですね。
溜まっている鬱憤があるからこそ、爆発した時の爽快感が増すという。
この作品の場合は、それが敗戦濃厚な王国軍というわけです。
その枷があるからこそ、シェラの活躍が華々しくあると同時に儚く映るわけです。

この作品を読んでいて、ふと、北方謙三版の三国志に出てくる呂布を思い出しました。
そちらでは、呂布亡き後の物語でも、その系譜を継いだ黒色槍騎兵を率いる張遼の描写があるたび、良くも悪くも英雄であった呂布を思い起こさせる極上の物語でしたね。
興味があれば、そちらも合わせて読んでみると面白いかも知れません。
どちらも、ある意味で同じ「ファンタジー戦記」ですからね。
戦記物好きならオススメな両作品ですよ。

死神を食べた少女 (上)

死神を食べた少女 (上)

死神を食べた少女 (下)

死神を食べた少女 (下)

文庫版三国志完結記念セット(全14巻)

文庫版三国志完結記念セット(全14巻)

【053】小説「すべてがFになる」/感想:天才の悲哀は、悲哀を感じられないからこそ。

天才工学博士の真賀田四季は、孤島の研究所で10年以上もの間、隔離された生活を送っていた。
その島を訪れていた大学助教授の犀川と女子学生の萌絵は、研究所内で起こった、とある事件に巻き込まれてしまう。
猫の子一匹たりとも入り込めない密室で起こった奇妙な出来事は、果たして偶然の産物か、完璧な計算か。

2014年秋のテレビドラマ化が決定しました。
そして、自分にとって、ずっと気になっていた小説でした。
面白いという噂は聞きつつも、そこまで面白いと評判なら急いで読まなくても、面白い小説として、そこに在り続けるだろうし、まぁ、いいか、と。

が、テレビドラマ化されるなら話は別です。
小説や漫画が残念な感じで実写化される事も珍しくない昨今、せっかくの良作なら、原典で堪能したいと思い、早速に発掘して、睡眠時間を削って一気呵成に読了。

…結果、なるほど絶賛する人が居るのも頷けました。

ただ、自分はミステリィというものにほとんど造詣が無く、正しく読むための所作を知りません。
事件の根幹となる仕掛けにだけ注視すべきであり、その他の細かい部分は些事として見過ごすべきなんでしょうか。
読んでいて首を傾げる部分がちらほらとありました。

例えば、ワゴンに載ったそれに静電容量は存在するのか。
デボラが認識しているのは変では無いんでしょうか。
極端な話、ソーセージを使って静電式のタッチパネルを押したとして、反応するのかどうか。

そして、連続して事件が起こった後であるにも関わらず、登場人物たちがあまりに迂闊に動き過ぎではないでしょうか。
まるで自分たちには危害が及ばないと確信しているかのように振る舞うのを恐ろしく感じました。
通常では考えられないような事件が起こっているのにも係らず、心配だけどまぁ大丈夫だろう、程度の感覚しか無いんです。
いやいや、隣に居る人物がそうかも知れないし、近辺の物陰に潜んでいるかも知れない状況なのに、その緊張感の無さはどういう事でしょう。
得体の知れない人物が近くに居るかも知れないとは考えないんでしょうか。

「物語」には「人間」が居るべきだと考えています。
話の展開のために配置され、言動する事が透けて見える登場人物は、ただの「人形」でしかありません。
ただ、ミステリィは、そういう部分は捨て置いて、驚愕の仕掛けにだけ得心するべきなのかと。
もし、そうであるなら、自分の感じた違和は余分な感情なんでしょうけれど。

さて、しかし、それを置いたとしても、この作品が面白いミステリィなのかは自分には分かりません。
誰しも読んでいるうち、幾つかの可能性を考えていくと思います。
そして読み進めるうち、新たな事実が提示された事により、幾つかの可能性を消し、また幾つかの可能性を追加していきます。
例えば、不可能だと思われる密室での出来事なら、論理的に考えて、実は密室では無いか、密室完成の前後に絶対に何かがありますよね。
勿論、前述の通り、自分はミステリィに造詣が無いため、完全無欠な答えに辿り着く事は出来ませんけれど、幾つか考えた可能性の延長線上に答えはあるわけです。
真実へ至るきざはしの途中まで足をかけている状態なので、物語が佳境に入って仕掛けが解読されていっても驚きが小さいんです。
なので、「人間」のやり取りに比重を置いて読みたくなるわけで。
でも、そこに居るのは「人形」たち…。

うーん、自分にはミステリィを楽しく読む才能が無いんでしょうか。
いっそ、何も考えずに読めば、きざはしを昇らない分だけ落差があるので、心地良い驚きを得られるとか。

作中での犀川の思考や哲学に、なるほどと思う部分もありましたし、萌絵とのやり取りを微笑ましく思いました。
1990年代に書かれた事を鑑みれば、その時代にここまで先端を行く設定に賞賛すべきでしょうし。
何より、天才の哀れさの描写には感心しました。
彼女は、自らの手で後も先も絶ったんですよね。
いかな天才であれ、あるいは天才であるからこそ、同情に値する人物です。

とは言え、作品全体の評価としては、シリーズを読み進めたいと思える程でも無く。
傑作と評判だからと身構えていた部分が、期待を高めてしまったんでしょうか。
なるべく期待せずに読むように心掛けたつもりだったんですけれど、残念です。

後はテレビドラマだけで済ませますかね。
それとも、シリーズを読めば、もっと面白く感じるようになるんでしょうか、ううむ。



それと、話の本筋とはあまり関係の無い余談になりますけれど、もし人類が完璧なバーチャルリアリティの世界を作り上げて、その中で生きる事を決めたとして。
人類が、バーチャルリアリティの中で行き詰まり、閉塞してしまったらどうするんでしょう。
果たして、バーチャルリアリティの中で、バーチャルリアリティから逃げ込むためのバーチャルリアリティを作るか否か。

壁を取り払ったつもりが、そこは新たな壁の中だったりするのが、この美しくも残酷な世界なんでしょうかね。

すベてがFになる (講談社文庫)

すベてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる THE PERFECT INSIDER (講談社文庫)

すべてがFになる THE PERFECT INSIDER (講談社文庫)

【052】小説「勇者様のお師匠様」1巻/感想:騎士学校の魔法劣等生

同年代は元より、歴戦の冒険者にも一目を置かれる身体能力を持つ少年ウィン。
身体能力は及ばないものの、天賦の才を持つ少女レティシア
仲の良い二人の道を一旦は別れされる事になったのは、聖職者たちに下った、とある神託だった。
そひて数年ののち、ウィンとレティは再会する事になるのだが、その肩書きはとんでもないもので…。

まず、主人公たちが、いくらなんでも若すぎます。
10代半ばの少年少女による冒険譚は珍しくも無いけれど、この物語だと、それ以前の縁を描く必要があり、それが無理筋。
10歳そこらまでに、凄い剣戟だとか、魔獣退治とか言われても、さすがに。
まぁ、超才能だの勇者だのと言えば、そうなんでしょうけれど。

人々を守る騎士になるために邁進はするけれど、実際に人々を守った勇者には興味が無くて無関心な主人公。
しかも、かなり特異性のある勇者なわけで、容姿も名前も知らないというのは…。
そこまで騎士に一心不乱だったという事でいいですか。

ウィンに虚仮にされたと感じて暗い憎悪の炎を燃やす大貴族の子弟。
でも地味な嫌がらせをするだけで、その後の重大な局面でも大して注意を払わず、生きていても死んでいてもいいよ的な扱い。
憎悪と、ウィンの利用価値を考えれば、ぞんざいに過ぎませんか。
話の都合でちょっかいをかけてきただけにしか見えないですよ。

1時間かけて掃除する羽目になったからといって、青筋を立てて怒るウィン。
レティに対して、そんな居丈高な扱いをした事ありましたかね。
百歩譲って叱るのは当然としても、1時間も掃除していて、頭が冷えないウィンという描写もどうかと思います。

そして、緊急事態になったとはいえ、いかな才能があるとはいえ、殺人に対する心の動きが皆無だった事に著しい違和感を覚えました。
手練の暗殺者かと思うくらいに滑らかに人を殺すウィン。
ぐだぐだと考え込まれても鬱陶しいものの、あれはあまりに超然としすぎです。

そういう、演出としてのちぐはぐさと共に、文章にも首を傾げざるを得ない箇所があちこちにありました。

「一撃で決めようと細かくフェイントを織り交ぜつつ一撃を放つ。」

いや、表現したい事は分かるんですけれど、「一撃」を重複させない文章に出来ませんか。

「表情を崩した。」

これは冷静さを維持していたとある登場人物が動揺した時の表現なんですけれど、おかしいですよね。
笑顔になるって意味合いですし。
「冷静な表情が崩れた」なら、おかしくないので、日本語は難しいです。

「これが定期巡回討伐任務の幕開けだった。」

いやいや、幕開けって、そんな定期任務あたりに使う表現ですか。
物語としては、その任務で騒動があるので間違ってはいないんですけれど、その時点では何も無いわけで。
これも「これが王国を揺るがす事件へと発展する任務の幕開けだった」とかなら、まだ。

そして、「()」を使った補足説明文の多用。
使うなとは言いませんけれど、さすがに回数が。

そして、それら演出や文章力は勿論、物語としても、二人が恐ろしく強いために緊張感がありません。
今後も、何か事件があっても、ウィンが活躍して、レティが「さすが、お兄ちゃん」とか言って解決するのかと思うと…。
ライトノベルとして見れば、こんなものかな、程度の完成度はあるので、趣味が合えば十全に楽しめるとは思います。

魔王を倒した勇者の話なら、よくありますけれど、それに加えて、勇者の師匠と、魔王亡き後の人類社会という二つの要素が根幹を成す物語。
なるほど、設定は面白いし、1巻における終盤の展開は、設定を生かしていて素直に巧いと感じましたしね。

でも、自分には続刊を購入してまでもっと読みたいと思える程では無かったです。
色んな部分がこなれて、ちぐはぐさが無くなっていけば、また違ったでしょうに、光るモノがあるだけに残念でした。



それと、こういう話は、暗いんじゃなくて、辛気臭いと表現するのだと言っておきます。

勇者様のお師匠様 I

勇者様のお師匠様 I

【051】小説「灰と王国」1巻/感想:古き良きファンタジー小説

大陸の北辺、帝国の威光も届きにくい土地では、少しずつ闇の獣の脅威が拡がっていた。
ただただ人間への憎悪を宿し、夜の闇と共に襲い来る獣に、人々は為す術もなく、ひとり、またひとりと命を落としていく。
わずかに残され、街に立て篭もる人間たちも恐怖と絶望に打ち勝てるはずもなく、物資を奪い合い、いがみ合い、やがて闇に吞まれようとしていた。
粉屋稼業の家族と共に暮らす青年フィニアスもまた、そんな中で希望を失いかけていたのだが…。

中世風異世界を舞台にしたファンタジー小説
正体不明の魔物と、人間、そして竜が織り成す古典的物語。

とは言っても古臭いという意味では無く。
世の中にはファンタジー小説は山程あって、玉石混淆。
面白い作品も確かにあるけれど、単純に冒険譚や群像劇としてしっかりしている物がほとんど。
この作品のように、暗い部分、どうしようもないような絶望などを描いている物になると、その数は、かなり減ると思います。

まぁ、幸福いっぱい夢いっぱい、群がる敵を千切っては投げる無敵主人公ばんざーい、みたいな作品の方が読後感は悪く無いですけれどね。
ただ、読んでいて爽快なだけでなく、時には棘を残すかのような作品も、良い物です。
主人公が無敵過ぎるとつまらないのと同じく、あまり毒がきつすぎると敬遠してしまいますので、その匙加減が難しいところですけれど。

この作品は正直、やり切れない展開や描写もあります。
そういう部分も含めて古典的。
人は光の中に進もうとするけれど、闇は常に傍らにあるのです、とでもいうような。
何も、悲劇的展開があれば面白くなるとは言いませんけれど、適度なそれは物語に厚みを生んでくれますね。

元はWEB小説という事で、ネットで無料で読む事も出来ますけれど、なるべくなら書籍として出版されている方を買って読んで欲しいところです。
加筆修正もあるようですし。

WEB小説の書籍化が少なからずある昨今ですけれど、これもまた玉石混淆。
俺がチートで異世界で大暴れ、なんてのは掃いて捨てるほどあるくらいで。
その中でも地味と言えば地味な作風となっている「灰と王国」ですけれど、その面白さは真っ当です。
ファンタジー小説が好き、と自認する方には是非読んでみて欲しい作品です。
大傑作だ、とまではいかないかも知れませんけれど、気に入る事と思います。

灰と王国1 北辺の闇

灰と王国1 北辺の闇

灰と王国1 北辺の闇

灰と王国1 北辺の闇

【050】小説「辺境の老騎士」1巻/感想:美味しい食べ物と冒険を描く、美味しい物語

この世を去る日も遠くないと悟り、長年仕えた主家を離れて旅に出る事にした騎士バルド。
目的地は無く、珍しい風景と美味い食べ物を味わい、いずれ死ぬための道行き。
しかし、時に人を助け、時に異形の戦士と邂逅しながらも、おおむねは気ままな旅だったはずのそれが、いつしか大きな流れの中へと足を踏み入れようとしているとは、当の老騎士さえ知る由は無かった…。
バトルとグルメとファンタジーとドラマが重なり合って供される、新たな冒険譚の幕開けである。

元はWeb小説で、その頃から評判になっていたそうです。
書籍化するまで存在を知らなかったんですけれど、なるほど、確かに評判になるだけありました。

世界観は、いわゆる中世風。
ハイファンタジーに分類されますけれど、派手な魔法や竜が飛び交う事はありません。
せいぜいが獣を凶暴化させたような魔獣や、幻術のたぐいのような描写が少しある程度。
老騎士バルドが漫遊し、その地その場で美味しい物を食べたり、ちょっとした面倒ごとを解決したり、美味しい物を食べたり。
物語の初めは、連作短編集いった作りです。

そして、その中で、ひとつの短編てして終わっているものもあれば、後々に繋がっていく伏線的な話もあり、いつしか大きな物語を形成していきます。
1巻では、世界を揺るがす、といった程では無いですけれど、それなりに大きな単位での騒動になっていました。
身分を隠して世直ししていく貴人譚に近いものがありますね。
実際、バルドもそれなりに名が売れているらしく、途中途中で、あの高名な、なんて反応を受ける事もあります。
逆に、高名な騎士を騙るジジィめ、なんてお約束の展開もあったり。

そんな、地に足ついたハイファンタジーとしての、地味だけれど真っ当な作りの中で、日向に影に効いている調味料となるのが食事場面なんです。
とにかく美味しい物を食べる食べる。
地方の郷土料理や、名店の名物料理、屋台の串物。
香茶や、ただの果実まで、お話ひとつにつき、料理もひとつ。
グルメ・エピック・ファンタジーの謳い文句通り、美味しそうな物をとにかく食べます。
コルルロースという鳥であったり、ウィジクという魚であったり、オリジナルの名称なので、ぼんやりとした想像しか出来ないんですけれど、美味しい物を食べる事が、どれほどに幸せなのかという事をしみじみと教えてくれるんです。

美しい風景を見て、美味しい物を食べて、いつしか死に往く。
言ってしまえば、ただ、それだけの物語。
ただ、それだけの幸福な物語。

とても美味しい物語なので、少しでも興味が出たら、是非に買って読んでみて下さい。
古き良き冒険譚が好きなら、きっと気に入るはずですから。

辺境の老騎士 1

辺境の老騎士 1

【049】雑記:国連のイスラエル非難決議を日本は棄権! 人権無視か!?

国連人権理事会でのイスラエル非難決議案をアメリカは反対し、日本は棄権。

とまぁ、こう聞くと、まるで、イスラエルを支持するアメリカと、それに追随して日和った日本、と取れます。
事実、そう取った人、取りたい人、あるいは、そう取らせたい人は、日本は駄目だ、安倍政権許すまじ、と気炎を吐いているようです。

でも、本当にそうでしょうか。

ただ1カ国「反対」したアメリカを除くと、46カ国のうち「賛成」はロシア、中国、キューバパキスタンなど強大な軍事国家を含む29カ国。
「棄権」したのは日本だけでは無く、イギリス、イタリア、ドイツなどの比較的平和な先進国を含む17カ国です。

過去はともかくとして近年では穏当、安定した政治、外交を進めているドイツなどの先進国は、こぞって棄権。
日本の北方領土返還を反故にし続け、クリミアでも問題を撒き散らすロシアや、ウイグル族への弾圧、周辺諸国への圧力を弱める事の無い中国が賛成…。

こう聞くと、受ける印象も違ってきませんか。

意図的にそうしたから当然なんですけれど。
それは、反対する大国アメリカと追随する弱腰日本、という構図もまた、誰かの意図が働いているかも知れないという事でもあります。
少なくとも、反対したのはアメリカだけでも、棄権したのは日本だけではありませんよね。

また、棄権するのは卑怯だという論もありますけれど、賛成と反対のみで結論付ける事では無い、という意思表示とは取れませんか。
今回の場合ですと、戦争犯罪への非難がイスラエルのみ、という部分が、正しいと言えるかどうかです。
何故なら、パレスチナ側もイスラエルに対して、民間人を巻き込むのも厭わない攻撃をしかけています。
今回まだイスラエル側の民間人に被害が出ていないのは、単に精度が高い防衛機構が働いているからに過ぎません。
今この瞬間にもイスラエル側の民間人が死傷する可能性もゼロでは無いでしょう。

にも関わらず、イスラエルだけを非難しようとする国連決議は、本当に公平なものなんでしょうか。
確かにパレスチナの民間人には多大な被害が出ています。
それは、民間人が多く居る場所をイスラエルが爆撃しているからですけれど、それは、そこにイスラエルへ攻撃をしかけている兵士が居るからです。
パレスチナの民間人を死傷させないようにした場合、イスラエルの民間人が死傷する可能性が高まる事を忘れてはいけません。

単に、民間人を巻き込む事を厭わない悪逆非道な軍隊なのではなく、自国民を守るための国家としての選択なのです。
むしろ、明らかな戦闘地域であるにも関わらず、民間人の疎開義務を怠っているパレスチナにも問題があるのではないでしょうか。

イスラエルの攻撃を許せと言いたいわけでも、パレスチナの民間人が死ぬのは当然と言いたいわけでもありません。
多くの民間人を殺しているからイスラエルは悪だ、棄権する日本は駄目だ、なんていう、単純で心地良い思考停止だけで良いのでしょうか。





あ、良いですか、じゃあいいです。

アニメでも見ます。

【048】漫画「高台家の人々」1巻/感想:駄作と断ずる程でも、傑作と持ち上げる程でも無く。

学があり、家柄も良く、美男美女揃いの高台家の三人兄妹。
世間には秘密にしているけれど、実は、ある特殊な能力を持っていて…。
テレビドラマ化された漫画「ごくせん」や漫画「デカワンコ」の作者が描く、すこしふかしぎ系ラブコメディ。

兄妹は、他人の心の声が聞こえる能力を持っています。
しかも映像付き。
なので、面白い事を空想する人であったり、心から誠実な人などに惹かれます。
もちろん、相手は心を読まれている事は知らないので、美男や美女を前にして、それはもう色んな事を考えるわけで。

長兄、27歳の光正が気になったのは、29歳の地味めOLの木絵。
ぱっと見は普通極まりない彼女だけれど、頭の中は空想でいっぱい。
会社にテロリストが襲ってくるとか、取引先の個性的な見た目の人はランプの精だとか、あの人には使い魔が居るんじゃないかとか、まるで思春期の少年少女のよう。

その空想を、光正のように面白いと感じる事が出来れば、この作品も面白いんでしょうね。
あるいは、空想を見て人知れず笑っている光正たちを微笑ましいとか。

この作品、面白い漫画ランキングのようなものがあって、そこに載っていたのを見て初めて存在を知りました。
上位に位置していて、それで読んでみたのが駄目だったのかも知れません。
期待しないで読むように心掛けているつもりだったんですけれど、正直、大したことは無かったです。
確かに、面白くない事は無い、とは思うんですけれど。

1巻を読んだ限りでは、登場人物たちが対等では無いのが気になりました。
地味めOLの平野木絵は、高台光正が実は他人の心が読めるのかも、と薄々気付くような場面があります。
でも、まさかね、という風な捉え方で終えているので、光正とも普通に付き合っていくわけで。
でも、光正の妹は、木絵が能力に気付いている節があるのに光正と付き合ってるなんて驚きだ、なんて考えています。

いやいやいやいや。

光正にしろ、妹の茂子、弟の和正にしろ、それぞれ付き合っている相手、気になっている相手に、能力の事は話していません。
能力を隠したまま交際するのは、どうにも卑怯な気がします。
コメディなんですから、その辺り重く考えすぎる事は無いんでしょうけれどね。
木絵の空想は面白いなーハハハ、程度に軽く受け止めるのが、楽しむ秘訣でしょうか。

それなりには読める作品ですし、またテレビドラマ化されてもおかしくは無いですけれど、続きを買おうという程ではありませんでした。
当然、人にオススメするつもりも無く。
気楽なコメディを読みたいのなら、それはそれで、はい。

【047】3DS「シアトリズム ファイナルファンタジー カーテンコール」:RPG=リズムプレイングゲーム #TFFCC

なかなかに長い題名のゲームソフトですね。

そして、これがなかなかに、長く遊べるであろうゲーム内容となっています。


主となるゲーム部分は基本的に、音楽に合わせて画面内に次々現れるマルに合わせてボタンを押すだけ。

いわゆるリズムゲームというやつですね。

そこで使われている音楽は歴代ファイナルファンタジーでの戦闘やイベントでの物なので、シリーズ作品を少なからずプレイした事のある人には感慨があります。


リズムゲームというものは大抵、押すボタンの調子っぱずれが続き過ぎると、失敗となり、場合によっては曲途中で強制終了します。

このゲームでも、そうで、ミスをするとHPゲージが減り、ゼロになると、その瞬間に失敗扱いとなって終わります。

じゃあリズムゲームが苦手な人は楽しくプレイ出来ないかと言うと、そうではなく。


このゲームではFFシリーズのキャラが大勢出演しており、その中から4人を選んでパーティを組み、リズムゲームそのものを戦闘やフィールド移動として遊ぶ、RPGの一面も持っているのです。

リズムゲームの譜面自体を簡単には出来ないけれど、HPを回復する魔法やアイテムをセットする事によって、許容できるミスの回数が増えていく寸法なんです。

あるいは、そうやって、少しずつでもリズムゲームをクリアしていけばキャラのレベルと共に最大HPも増え、よりミスが多くなっても耐えられるようになるという。


そして、いくら苦手でも、慣れさえすれば「そこそこ」プレイ出来るようにもなるわけで。

この辺りは、上手い作りだと思います。

FFシリーズという財産を使ってリズムゲームを作り、また、そのリズムゲーム自体にFFシリーズ然としたロールプレイングゲームの部分を落とし込む。

ディフォルメされたキャラを見て、子供向けのゲームなのかと思っていたのは大間違いでした。

もちろん子供も楽しめるでしょうけれど、それよりは、今までFFシリーズに触れてきたオッさんオバさんこそが楽しめるゲームになっています。

使われている曲はFF1から、現状の最新作である13や14まで、外伝的作品を含めて網羅していますしね。


昔のFFしか知らない人でも、最近のFFしかプレイしていない人でも、それぞれ楽しめると思います。

知っている曲だけでなく、知らない曲でも、やはりどこか「FF」していますし、そうでなくても良曲揃いです。

3DSを持っている、全作とは言わないけれどFFシリーズ経験者、なんて人は、是非プレイしてみて下さい。

コストパフォーマンスばつ牛ンですよ。